毎日を明日なきものとして生きる

外遊びの楽しさを探すブログ

写真の整理 その2

先週の大雨で甚大な被害のあった中国、四国、近畿の方、

心よりお見舞い申し上げます。

大雨は年を追うごとに深刻化し、毎年のように各地で甚大な被害を

もたらしています。

何十年に一度なんて過去の統計は、すでにあまり意味を

持たなくなったような気がします。

皆様もいつ何が起きるかわかりません。

注意してもどうにもならないこともありますが、

心の準備だけはもっておこうと思います。

 

先週に引き続き、写真の整理で出てきた過去の写真です。

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写真の整理

ここのところ何かと忙しく、天候不順だった事もあり、

釣りや登山はもとより、出かける時間さえなく、

もんもんとした日々を過ごしております。

しかし、こんな時間はあるのでございます・・・。

 

外に出かけられないと、気持ちも萎え、

ブログのネタも尽き、腐ってしまいそうになりますが、

夏本番はもう目の前!

もう少しの辛抱で、またブログのネタなんぞ、

選ばなければならないほど、楽しい事がまっています。

 

そんなこんなで、写真の整理で出てきた、

過去の写真でお茶を濁すとします。

皆さんもジメジメした気持ちを払しょくするべく、

気持ちだけでも晴れやかにまいりましょう!

 


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梅雨のあける頃

梅雨に入る頃、庭先の棚にぶら下がる奇妙な植物が現れる。


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その正体は、藤の種である。

質感はインゲンに似ており、大きさはソラマメ。

シルエットはエダマメを大きくした感じである。

 

藤の棚を作って3年目ぐらいの時だろうか、

僅かばかりの花が咲き、やがて梅雨の頃になると

豆類の鞘のような膨らみが、花の先端部分にできた。

こんな風に藤が種を付けるなんて知らなかった僕は、

その奇妙な様相にちょっと気味悪さすら感じたのを覚えている。

やがて、秋になり葉が落ちて、本格的な冬が到来するころには、

鞘もすっかり茶色くなり、木の実の殻のように堅くなって、

割れた鞘の中には柿の種(アラレの方じゃなく)ほどの

種が入っていた。

 

梅雨明けしたように照りつける強い日差しを遮るように、

藤棚の葉がゆれ、涼しげな木陰を作ったその下に、

今年は沢山の藤の種がぶる下がっている。

考え方によっては音のない風鈴や、

雫を模造したオブジェにも見えなくはない。

そんな風に思ったら、途端に涼を感じて

しまえるのだから、単純なものである。

来年以降も梅雨明けの楽しみができ、

風物詩と言える風景が庭先にできたことが、

少し嬉しく感じられました。

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初挑戦 その2

この日1番の魚が出た事で、足取りも軽く魚止めまで登って行く。

相変わらず反応はすこぶる良いのだけど、

元気な子供たちがじゃれついてくるばかりだった。

魚の反応を見るにはこの上ない状況で、

岩に沿って定位して、流下物を狙っている子たちを観察していた。

ハッチもみれるのだが、どうやら目の前で定位している

魚が狙っているのは違う物のようだ。

しばらくすると、水面をパタパタと叩きながら、

蛾のような虫が流下していく。

それを手のひらほどのヤマメが水面下で狙いを定め、

虫の動きに合わせてライズするのだが、

いまいち食うのが下手で、何度も空振りをしていいるのを見て、

おー!おー!っと思わず声が出てしまった。

5回目辺りで水面から身を乗り出してライズするをと、

見事餌をキャッチすることができたのを見て、

手を叩いて僕も喜んだ。

ここに住んでいる魚たちは素直で、

自分の知らなかった、魚のあるべき姿みたいなものを

知ることが出来る。

そんな世界で釣りができる事が、ただただ幸せであると思うのだ。

 
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反応が薄れてきたところで、今回のお楽しみの1つを始めた。

登山もほとんど単独なので、ついつい昼飯はコンビニのおにぎり

だったり、味気のない物になりがちである。

誰かと一緒だから、ストーブを用意したり、

お湯を沸かすための水を持ってきたり、そんなことも苦ではなく、

本当はこんなことも憧れで、良い機会だったことは間違いない。

河原でおにぎりとカップラーメン、食後のコーヒーをいただいて、

再び山道を上流に向け出発した。

 

地図を見ながら河原にアクセスできそうなところを探すものの、

初めての川なのでそのポイントがなかなか見つからない。

時間的にもある程度のところまで登り、そこから引き返して

下り方面でポイントを探すことにした。

上流方面も目で見られる事ができたので、

再び訪れる時のイメージができるので、これは良い経験とななることだろう。

 そうやって1つ1つ正解に近づく過程が何より楽しく、

いつかその正解に巡りあった日に、この日の事を思い出すことだろう。

それが誰かと同じ時間を共有した人が一緒にいれば、

それは永遠の思い出になるに違いない。

 
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時間を見て下山の方向へ足を向け、登ってきた道に

アクセスポイントが無いか確認しながら歩いた。

これは結構重要で、登りで気づかない事があっても、

逆方面の下りの場合気づくことも多々ある。

それは単純に進行方向の違いで、景色を認識しずらいこともあるだろう。

登山で道に迷った時、引き返した道で再び道に迷うケースもあると言う。

あわよくばの1尾と、次に向けての復習もかねて、

2人で「ここはアクセスできそうだ」なんて話しながら、

来た道を戻っていった。

 

序盤の方で現れた分岐点に到着した。

時間を見ても下見できる時間はありそうだ。

しばらく下って行くと、川の音が徐々に大きくなり、

河原まで降りられそうな場所を見つけた。

「最後に少しだけやりましょうか」

どちらからともなく出た言葉に、今日のラストのポイントが決まった。

結構な斜面を下りきると、あまり移動はできない

小さなポイントが現れた。

しかし、激流、水深のある反転流、たるみから瀬、

複合的な要素のあるポイントに、子供のように目は輝き、

弾む会話はワクワクする気持ちの表れであり、

その会話がそのワクワクを煽るように気持ちは高揚していく。

先に準備ができた友人にポイントを譲り、

僕は水分補給をしながらリーダーをチェックし、準備を進めていると、

僅か数投した友人が何やら叫んでいたのだが、

激流の音に消されて聞こえていなかった。

ルアーを結び終え、ふと顔を上げると、

目に飛び込んできたのは、大きく曲がった友人の竿だった。

ランディングネットに無事キャッチされた魚は、

目測でも尺は超えている。

なぜ目測でわかったのかと言うと、僕が作ったランディングネットで、

間口の大きさを知っているからだ。

2人喜びを分かち合う前に、記念撮影を済ませるべく、

浅瀬に魚を置こうとしたその時、もんどりうって河原を跳ね、

水の中に戻って行った。

せっかくの記念だったのだが、大丈夫逃げた魚は大きかったと、

証人がここにいる。

凄い凄いと、魚との出会いに喜び、ここにたどり着くまで

諦めなかった事に、お互いを称えあう。

写真が残らなかったのは残念だけど、それも良い思い出だろう。

 

そろそろ、時間的にも楽しい時間は僅かとなった。

根掛で切れたルアーを結ぼうか、どうしようかと考えていると、

さっきまで僕が散々流したポイントに入った友人が、

再び大きく竿を曲げていた。

デジャブか、いや、彼と釣りをしていると何かしら起してくれる。

魚に好かれる釣人、そんな人がいるなら彼の事だろう。

 
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その魚が嬉しいと思える。

僕の作ったランディングネットに魚が入る瞬間を、

彼は2年も連続して僕に見せてくれた。

なぜだか自分の中で、何かやり遂げた感じになっていた。

山を登り、谷を下り、苦楽を共にしたからこそ、分かち合える喜びが、

自分の事のように嬉しく感じることなんて、

普段の生活の中で家族のこと以外にあるだろうか。

そう、家族以外の出来事で喜べるなんて、

大げさなようだけど幸せなことである。

 

帰りの車の中では、今日の釣りの事、さらには次回の作戦。

地図が必要だとか、トレーニングをしようとか。

今日が終わる前に、すでに明日を見ている。

そんな空間をこれからますます大事にしたいと思った。

初挑戦

梅雨のジメジメとした気候が、初夏に続くプロローグあるならば、

本編(夏)を連想させるには、前置きが長くちょっとダルく感じることもある。

来る夏に向け、この時期(梅雨)も大事であることは十分承知であるものの、

1日中降り続く雨に、少しアンニュイになる事もあるのだ。

そんな毎日を払しょくするような、ワクワクしたイベントが週末に

待ち構えていると思うと、そんな雨にも感謝できるから不思議だ。

 

僕は釣りもやるし、山登りも好きだ。

去年から友人に時期になったら是非行こうと誘われていた川が、

今回の目的地だ。

その川は山深いところにあり、山を登り、谷を下る、

山岳渓流のジャンルに入りそうな、今回の計画である。

普段登山に使うザックに荷物を積めるのはいつもの登山なのだが、

そこに釣具が入ることに若干の違和感を感じつつ、

その初めてとなる下準備も楽しみのうちの1つ。

フックを巻いたり、ラインの予備を補充したり、

そうそう、いつも1人で登山や釣りをする時にはやる事のない

お楽しみも持っていこう。

そうやって、初挑戦の山岳渓流に出発した。

 

1年と少しぶりの友人と、早朝の集合場所。

いつも楽しい事はここから始まる。

挨拶もそこそこに、荷物を詰め替え目的地へ車を走らせた。

山間の国道をひた走り、目的地に近づくにつれ降る霧雨に、

天候が悪化しないことを願う会話が2人の口を突くものの、

あの梅雨のアンニュイな雰囲気とは違った。

それは期待に凌駕され、よほどの天候の悪化ではない限り、

少々の雨は気にも留めていなかったからであろうと思った。

 

釣券をを購入し、登山道の入り口へ車を停めて、

支度を始めると、少し雨脚が強くなった。

登山とも釣りとも違う、少し不思議な感覚の中出発した。

登山道に入ってしばらくすると遥か向こうの眼下に、

新緑の木々の隙間から川が顔をのぞかせてた。

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それはまさに渓谷。

これから遥か先のその川を目指し、意気揚々を会話を弾ませひた歩いた。

 

1時間ほど歩いたろうか、河原へとアクセスできそうなところに着いた。

河原に降りると、ザックを下ろし、釣りの準備を始めたことろには、

雨も霧のような雨に変わっていた。

 

遠巻きで見てもその川の水は美しく、今まで見てきた川の中でも、

綺麗な川の上位に間違いなく入る。

こんなシチュエーションで釣りができることが、

今回の目的の1つである。

僕の中ではこんな中で竿を出せるだけでも幸せな気分だ。

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1投目、まずは手前を軽く探るつもりが、いきなりのチェイス

小型の群れではあるものの、いきなりの魚からの反応に、

友人と顔を見合わせ、ワーっとなる。

まあ、野沢雅子風に言えば「おら、わくわくすっぞ」である。

チェイスはあって、ルアーは気になっている様子だけど、

最後食わせるまでには至らないでいた。

ルアーを変えて、ようやく食わせたのがヤマメで驚いた。

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固定概念とはこのことで、こんな山奥にヤマメがいると

頭になかったので、感動にも近い驚きがあった。

友人も数匹釣り上げ、この日の魚に会うという目標はクリアされた。

しかし、渓流は何年ぶりとは思えないのがこの友人だ。

渓流の方は僕の方が経験はあるので、準備の時にあれこれと教えたのが

恥ずかしくなるほど、いとも簡単に釣ってしまう。

 釣りの腕も凄いのだが、それを自慢することないのが

彼の凄いところなのだ。

一通り釣り流したところで、再び道具をザックに詰めて、

山道まで戻り上流を目指した。

 

山道の上から良さそうなポイントを探し、

2人で話して川に降りるかを決めていく。

時間や体力にも制限があるので、

出来れば無駄打ちはできれば避けたいところ。

2人の納得するポイントが現れたところで、

水辺へと降りて行くとさっきのポイントより、

大きめの石がゴロゴロとある景色に変わった。

先行を譲ってもらい、対岸の岩盤沿いを流して行く。

早速ヤマメの群れが、興味津々ルアーを追いかけてきた。

数匹同じサイズが針掛かりした後、

明らかに大きな魚影がルアーを追尾し、

食いついたのは目の前だった。

しかし、その衝撃を一瞬竿に伝え、喜ぶ間もなく川に戻って行った。

思わず、あーっという声が川の音を突き抜けて、

友人の元まで届けられた。

顔を見合わせ苦笑い、こんな時に一緒に釣りをしてくれる人の

ありがたさを感じるものである。

 

一つ背を超えると、川の中央にこれはと言う大きな沈み石が見えた。

少しもったいぶって、核心を外したところを打って行く。

沈み石を上に見て、その岩のえぐれができているだろう場所に、

流し落とすと、ドスンと待ってましたのアタリ。

竿を曲げるその勢いは、なかなかのサイズに間違いない。

開けた場所で、水の透明度も手伝って、

やり取りの一部始終が目の前で繰り広げられる。

慎重にネットに入れた後、再び友人と顔を見合わせ、

喜びを分かち合う。

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これも一緒に釣りをしてくれる人の、

ありがたさなんだなぁと思うのである。


続く

 

フック

釣りだからと言う訳でもないが、趣味を長く続けていると、

ある種の『拘り』と言う部分が芽生える事がある。

釣りにおいて言えば、魚を釣るのみだけでなく、

季節や自然に密接に関わる繋がりを知る。

道具への拘りもそうだ。

これで釣りたい、この釣り方で釣りたい。

時に試行錯誤し、オリジナルな物を作り、

そのマニアックな世界に共感する者と繋がる事もある。

 

話は戻って今回はフックへの拘りの話。

特にトラウトのルアーは、ほとんどシングルフックを使っている。

色々使ってみたけど、お気に入りのフックには共通する特徴がある。

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フックの形状は針先内側に入って(ネムリ)いて、

チモトから針先にかけて、少しねじれている(ヒネリ)、

太軸は平打ちであったり、チモトにギザギザの加工がしてあったり。

実際は釣果に差が出るほどの違いはないのであろうが、

その辺りは自分のイメージの部分でもあり、

釣りにはそのイメージが大事な部分でもあると思っている。

 

ただの道具、されど道具。

その拘りの部分は、時に趣味を面白くし、時に難解にさせる。

そうそう、フックについて1つ大事な拘り、

バーブレスか、カエシを潰す。

特にこれについては魚を釣るという点では意味はなく、

自分への拘りなのかもしれない。

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必要以上に拘る必要もないが、

皆様も良い拘りを持つと、新しい扉が開くかもしれません。

キャップ日和

今にも梅雨入しそうなぐずついた天気が続き、

一度太陽が顔を出せば、それはまるで夏を思わせる

刺すような日差しが降り注ぐ。

季節は今にも夏へと突入しそうな事を、予感させる。

 

とは言うもの梅雨入りすれば、おおよそ1ヶ月ぐらいは

グズグズとした天気が続く。

週末の天気をアテにはしていなかったけど、

晴れマークが並ぶ休日、そして今にも梅雨入りしそうだと

言うことを考えた時、貧乏性の血が騒ぎ、

家族でキャンプに出かけようと言い出したのは、

休日の2日前のことでした。

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自宅から約2時間半、到着したのはとある高原のスキー場。

夏期にスキー場をキャンプ場として使うのは、

最近それほど珍しくもなくなったように感じる。

途中の道の駅で買い物をして、昼食を取ってゆっくり到着。

早めに到着したせいか、僕たちが一番乗り。

いつも天気が怪しい、家の家族のキャンプにしては、

この上ない天気の中、せっせとテントを設営して、

子供と遊んだり、半袖だと寒いくらいの木陰で

ダラダラしたり、珍しくキャンプらしいキャンプを

堪能できました。

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翌朝朝食を済ませ、うちのキャンプでは恒例の、

子供による宿題。

大人からすれば、自然の中で勉強できるなんて

羨ましいと思うのですが、子供からすれば

ただの宿題です。

1泊ではどうしてもせわしなくなてしまいがちですが、

ただ野外で、飲んで、食べて、遊んで、そして笑って。

そんなのが僕が大好きなキャンプです。

今年も何回行けるか楽しみです。