毎日を明日なきものとして生きる

外遊びの楽しさを探すブログ

夏の低山

夏にカミさんと良く行く低山。

流石に何度も登っているので、お互い少々飽きが来た様子。

同じ山であっても、気候や天候の違いで登った価値はあるのだけれど、

初めて登るワクワクした感覚は、薄れていくものである。

 

カミさんの体力とか、ルートの難易度から色々と調べ、

いつも登るルートより、若干レベルアップした山を選んだ。

 

今回の山はバラスの整地された林道が山頂まで続いていて、

登りやすいコースである。

コースタイムも3時間ほどで、運動不足のカミさんにも、

歩きやすいコースだろう。

周辺の山脈の中では最高峰の頂を持ち、

周辺に遮るものがない景色は、登り甲斐も得られるだろうと、

半分カミさんの事を考えつつも、半分は自分のためでもあるという、

下心が漏れ出るような今回の山行になりました。

 

朝7時に登山口にある駐車場をスタート。

すでに気温は30度に迫るほど。

スタートから、緩やかな傾斜が続き、ウォーミングアップには

最適なコースなのですが、森を切り開いたのではなく、

山の斜面を斜めに切り開いた道、例えるならサザエの

貝殻のような緩やかな螺旋状の林道で、

すでに高く上がった太陽から、容赦なく太陽熱が降り注ぎ、

さらに汗が吹き出して行く。

普段運動不足なカミさんも、それほどペースも変わらず

よく付いてくる。

飲み物の入れ換えで途中立ち止まる程度で、

休憩はなく山頂まで歩き続けた。

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回りに遮る高い山はなく

眺望も最高でした。

いつもは同じ山ばかり歩いていたけど、

ちょっと場所が変わっただけで、気分が変わるもんです。

登山のお供がいるって、良いもんだとしみじみ思いました。

逃避 その3

8月も末になり、未だに暑い事には変わりないのだが、

セミと入れ替わるように、夜になるとコオロギの声が

聞こえるようになってきた。

日中はまだまだだけど、朝晩はだいぶ過ごしやすく

なってきたように感じる。

そうやって四季の移り変わりを感じつつ、

今期の渓流も足早に禁漁へと向かって行こうとしていた。

 

今年の遠征は苦戦していた。

いや、『今年も』と言った方が、間違いないだろう。

よくよく過去の夏を思い出してみると、

同じような状態であった。

もっとさかのぼってみて、過去にも淡水の釣りは、

この時期なかなか思い通りに運べないような記憶がある。

バスで言えば、好奇心旺盛な小さな魚が、

先に反応してしまうような状態なのかもしれない。

しかし、何か僅かな差で、大きく変わることも過去にはあった。

そんな何かを待ち望みながら、釣行の日を伺っていた。

 

とは言うものの、日程に限りがあるので、

悠長な事も言っていられない。

何か足掛かりになる要素はないかと、

天気予報を眺めていると、翌日朝の内に

傘マークが付いていた。

期待をこめて、リーダーを結び直し、

翌朝渓へ向かった。

 

渓までの途中、所々雨に降られたものの、

エントリーポイントに着いた時は、

すでに雨は止んでいた。

川沿いに平行して走る砂利道にも

水溜まりができていたが、それほど大きなものではなく、

川の水も濁りなく、相変わらず川底まで見える

透明度であった。

 

前回目星を付けたポイントを軽く流しながら、

今回はさらに上流のポイントへ狙いを定めた。

最初に入ったポイントで、手前を軽く数投探り、

次に本命に入れると、すぐさまヒットする。

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今回の遠征で、苦戦していただけに、

拍子抜けするほどあっさりスタートから釣れて、

力の入った肩も、スッと力が抜ける。

今回は長い距離を上り、広範囲で魚の付場を

探そうと言う作戦。

大きい魚を探し、粘る釣りではなく、

テンポ良くやる気のある魚を探そうと思っていた。

 

小さく左右に蛇行する流れ、

流芯をかすめるように点在する沈み石の

エグレにドリフトさせながら、送り込んだり、

素早く駆け抜けさせたり、今回はイワナからの

反応が全くなく、ヤマメばかりだった事も考慮し、

こんなときヤマメはどこで反応するかを

想像しながら、ルアーやトレースコースを変えていく。

現場では目を三角にして、躍起になっているので、

なかなか気づくことはないが、

釣行を思い出しながら、文章に起こすことで、

気づくことはかなり多い。

 

朝一の一尾から、数m上ったポイント。

何となく見覚えのある大きく湾曲した川筋。

何年前になるだろうか、ここで良い魚に出会い、

小躍りして喜んだポイントだ。

大雨などの侵食で、だいぶ形は変わってしまったけど、

まさしくこのポイントだと言う確証はあった。

その場に立つことで、忘れていた、いや、

奥底に仕舞われていた記憶が

不思議とつい先日の記憶のように、

鮮明に呼び起こされることがある。

老化と共に、物忘れが進行していても、

そんな過去の記憶はどこかに大切に仕舞われているのだろう。

 

右岸に立ち、バックハンドで、対岸のヨレにルアーを落とす、

確か、立ち位置は一緒だけど、当時はバックハンドが

下手クソであったが、今はなんとか様になっている。

次はもう少し上流へ入れて、流芯をかすめて石のエグレを

流れに負けないように泳がせる。

グンっと竿が引っ張られ、流芯をまたいで逃げる魚。

おお!っと一瞬大きさを期待するほど、

元気の良いやる気な魚でした。

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その後、同じぐらいのサイズが

テンポ良く釣れたり、バレたり、ポロリしたり、

あー!とか、ぎゃー!とか、ひとしきり満喫して、

今回の遠征が終了しました。

 

終わってみれば、楽しかったと終わるこの遠征。

考えてみれば、尻上がりに魚が釣れるようになる傾向で、

それは単純に渓の波長に、僕が合わせられた

だけなのかな、なんて思います。

毎年毎年、新たな発見があり、

毎年毎年、新たな楽しさをくれる夏の遠征だけど、

1年に1度しかないと思うと、残りの人生で

この感動を味わえるのは数少ない。

季節が絡む事は、1年中やることができないだけに、

残りの人生を悔いなく過ごす為に、

何をすれば良いだろうと真剣に考えさせられる。

時に、こんな事を考える切っ掛けを与えてくれるのも、

この遠征が僕にとって人生の一部となっている

証だと思うのである。

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おわり


渓流釣りだけではない、この遠征。

他にも色んな思い出があったので、

もうしばらくこの思い出を綴ります。

逃避 その2

ブヨに刺された足首は、パンパンに腫れ上がり、

熱を持つほとだった。

悪あがきのポイズンリムーバーも、

刺されてたら半日も経てばなんの効果もない。

最近は市販の塗り薬でブヨ、アブ、ムカデ、毛虫などにも

効果のあるものが、手軽に手に入るようになった。

とは言う物の、刺されない事が1番。

皆様も十分ご注意下さい。

 

宿泊先より徒歩で5分たらず、地元の人しか来ない

閑散とした海水浴場には、ほぼ家族連れである。

若いキャピキャピした女子のグループの姿も無く、

刺激的な燦々と降り注ぐ太陽と対照的に、

ほのぼのとした空気が流れている。

ひとしきり子供とはしゃいで遊び、太陽も傾きかけた頃に、

「そろそろ上がっておいで」と、カミさんが浜まで呼びに来る。

非日常、最近思うがなんと贅沢な時間の使い方だろう。

そう言う物に価値を感じられる年になったのかもしれない。

 

陽が落ちてから地元のお祭りに出かけ、

楽しい酒を飲み、その日の疲れもあり、

お祭りから帰ってくるとそのまま寝てしまった。

ただ、目覚ましのアラームをセットするのは忘れていないところは、

我ながら凄いと思えるのである。

 

立て続けの釣行、こんなことも許されるのが、

この遠征の最高に良いところだ。

早朝の数時間、渓で遊び、家族が活動を始める頃に帰宅できる。

釣り好きにとってこんな最高な環境はないだろう。

 

前回惨敗の渓を見切り、川替えをした。

この毎年恒例の遠征を始めた頃、

夏に良い釣りのできた川だ。

そんな思い出にも引きずられるように、

川に到着したのは、前回より少し時間が早い、

空の色が紫から彩を得る頃だった。

 

そそくさと支度をすると、

おぼろげな記憶を辿り、深場を挟む、

瀬の連続するポイントへ向かった。

エントリーポイントに特徴がなく、

しばらくウロウロ彷徨いながら、

だいぶ下流のポイントから入った事で、

思わぬ遠回りをしながら、ようやく目的のポイントにたどり着いた。

水位は悪くない、水の色も最高である。

透明度が高すぎて、こちらのプレッシャーが気になるところだが、

そんな事より澄み渡る川の中に入って、

釣りができるだけでも最高だ。

 

上流に向かい、ほぼ直角に落ち込みながらベントする。

その水溜り程度の面積に落ち込む渕がまず狙いところだ。

幾重にも重なる落ち込みの小さな渕、

その1つ1つを順番に攻めていく、

不意にはなった小型だったが、1投に反応があり、

残念ながら寄せてきたところでバラシてしまったが、

この遠征で初の魚からの反応に、

気張っていた心も、少し緩んだ気がした。

 

まっすぐなチャラ瀬の向こうには、

緩くなった流れを挟み大きな渕、そして落ち込みが続く。

いかにもと言うポイントなのだが、

過去このポイントで釣れたことは数少ない。

しかし、そんな実績とは別に、なぜだか期待感のあるポイントは

いくつかある。

手前から少しずつ確信のポイントへルアーを入れていく。

3~4投しただろうか、ルアーを追う影が見えた。

先ほどバラした魚より、一回りぐらい大きいだろうか、

同じルアーを続けざまに同じ筋を通すが、

2回は追ってこなかった。

ルアーを替え、再びポイントにルアーを入れる。

スッとフリーで落とし込み、2つばかりアクションを入れる。

パッと急ブレーキをかけるようにトゥイッチの手を止めると、

カツンと言う小気味良いアタリが竿を介して、

手の内に届けられた。

間、髪を入れずフッキングをする。

それはまるでジグヘッドのメバル釣りか、

バスのダウンショットのようなフッキング。

渓魚でこれほど綺麗なフッキングをしたのは、

あまり記憶にない。

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大事に浅瀬に寄せて、ネットに入れた。

小さく元気な魚に、喜びと共に嬉しさがこみ上げる。

その一方でようやく夏の遠征が始まったなぁと

言う気持ちにさせてくれた。

 

つづく

逃避

長い梅雨が明け、ようやく夏がやって来た。

夏を迎える身構えもないままに、

テレビは連日の酷暑を伝えている。

気温でも天気でもなく、何か物足りなさを感じていたが、

それがわからぬまま毎日が過ぎていった。

気温が一気に上がると、その物足りなさは、

いっせいに羽化したセミたちが大合唱したことで、

そのモヤモヤも晴れた。

土の中で、外は雨だから来年にするかな、

なんて思っていたところに、いきなり暑くなったもんだから、

セミたちもさぞ慌てたことだろう。

 

真夏は毎年恒例の海水浴を兼ねた遠征が待っている。

この恒例行事も今年で10年。

まだよちよち歩いていた娘も、

今じゃ生意気な口をきけるほどに成長した。

そんな感慨に浸りながら、慣れた調子で車を走らせた。

 

台風などの影響で心配していた天候も、

暑すぎるぐらいに青空が広がっていた。

到着して翌日は、お墓参りや掃除に買い物を済ませ、

2日目の朝に渓へ照準を向けた。

 

前日の宴のお陰で、寝ぼけた頭を引きずりながら、

狙いを定めた川へ向かう。

海を眺めるワインディング、懐かしい景色が

また『帰ってきた』と感じさせてくれた。

朝は厚い雲に覆われた空も、遠くに覗く青空が

暑くなるだろうと予想させた。

 

河原に車を停め、川に様子を眺めると、

水位はいつも低位水位で悩む例年よりはやや高く、

好調なのではないか?と嫌がおうにも期待が隠しきれない。

逸る気持ちを抑えつつ、車のトランクを開け支度をしていると、

チクチクと足元に刺激があった。

あぁ!蚊に刺された!

見ると数ヵ所赤くなっていた。

痒いなぁ、その時はそのくらいにしか思わなかったが、

後になって尾を引くとは、この時は考えもしなかった。

 

前置きが長くなったが、いざ上流目指し歩き出した。

以前、夏に来ることがあったら良いだろうなと、

目星を付けてあったポイントにから入った。

瀬と深場が連続するストレッチ。

水深のあるポイントはおいしそうに見える。

自分の見立ては悪くない、なんて嬉しさも込み上げる。

河原に下りてすぐ、目の前の瀬を流しながら釣り上がる。

深場に差し掛かろうかという所で、岩をかすめてルアーを

駆け抜ける後ろに影が付く。

いきなりでドキッっとする、毎回な事だけど

これが未だに馴れないのである。

 

さらに期待が高まるシチュエーション、

いつも以上に丁寧に攻めて行く、

ルアーを小まめにチェンジして、魚からの反応を見る。

しかし、その後の反応はパッタリ途絶え、

意気消沈するのにそう時間は掛からなかった。

 

いつも以上に慎重に攻めたせいか、

いつもなら同じ時間で、もっと上流に進んでいるはずなのだが、

時計を見ると家族との約束の時間が迫っていた。

もう少し上流も見てみたかったが、

すでに日差しは頭の上から降り注ぎ、

深い渓にいるのに清涼感は全くない。

体長10cmぐらいの幼魚のチェイスはあるものの、

それ以上の魚を見たのは朝一のチェイスだけであった。

残念ながら、初戦はこれにてタイムアップ。

これが夏の厳しさなのか?

それとも僕のウデの問題か?

どちらかと言えば、後者だと思うのだが、

久しぶりの完全試合に、次の釣りの組み立て方が

まったく見通しが付かない状態だった。



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そんな落胆した気持ちに追い討ちを掛けるように、

今朝の蚊だと思っていた刺された痕が、

腫れ上がってきた。

明らかに蚊ではないその痕は、ブヨの仕業だと

ようやく理解できた。

しかも、釣行中にうっとうしくつきまとわれたアブに、

チクっと一瞬背中をやられたところも

赤く腫れていた。

遠征で浮かれていて、うかつにも吸血虫の存在を忘れていた。

お陰でしばらく痛みと、痒みに悩まされるはめになった。

皆様も、渓流では獣と虫にご注意ください。

 

つづく

 

 

自暴自棄

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たまには私生活での嫌なことやがきっかけで、

自暴自棄のような状態になったりする。

年齢のせいなのか、環境のせいなのか、

それとも自分自身のせいなのかもしれない。

そんなとき、自分の逃げ道として好きなことをやるようにしている。

しかし、嫌なことの雑念が邪魔して楽しめなくならないように、

できるだけ単純な作業のものをやる。

物事に集中できると、一時的にでも嫌なことを忘れられるのである。

根本的な解決にはならないのだけど、一時的にでも忘れられる

時間ができると気持ちの痛みも緩和される感じがする。

 

例えば、僕の場合だと山登りである。

黙々と山とだけ向き合い、その先での出来事を

受け止めることで、山だけと向き合え、

自分の気持ちや体調などを考える事ができる。

山で出会う人は一期一会であって、干渉するほどではない。

多くの人は共通の目的(登頂など)を持っているけど、

それが全てではなく、それぞれに楽しいと思うともろに違いがある。

これらの要素から、大勢の共通の目的を持った中にいながら、

自分を見つめられると言う行動に入り込みやすいのかもしれない。

僕の場合はほとんど単独の山行なのが、

よりその意味を強くしてるのかもしれない。

これが共通の目的と言っても、人間的な欲求が絡んでくると、

外的要因で気晴らしどころか、逆にストレスになってしまうこともある。

だから、僕にとって山と言う趣味はとても

性に合っているのかもしれない。

今年初の山

長梅雨が明けたと思えば、連日の猛暑に覆われた日本列島。

この時期はこんな気温だったのかと、

昨年の記憶を辿るけど、毎年異常気象と騒ぎ立てられ、

暑かったような、今年が特別なような、記憶もおぼろ気になっていろる

そんな今日この頃である。

春先に痛めた膝と、遅れた梅雨明けのお陰で、

今年の初登山が大きく遅れてしまった。

高山での良い季節なんてあっという間で、

後何ヵ月も無いのに今頃今年初なんて、

完璧に出遅れである。

しかし、天候は自分の力ではどうにもならないにしろ、

体調は自分でコントロールできることは多い。

そんなところでも、日頃自分の体を気に掛けなければなんて

思ったりするのである。

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膝のリハビリも兼ねて選んだ今回の山は、

長野と群馬に股がる、四阿山

日本百名山に名を連ねる山で、

今年初登山にしては良い山である。

 

今回は菅平牧場の登山口からエントリー。

少し遅めのスタートで、駐車場で準備を始めた時には、

汗ばむほどの気温になっていた。

 

登山口から見た山頂は、ガスでその姿を見ることはできなかったが、

麓の方は徐々に視界が開け、今日も暑くなりそうだと予感させた。

太陽が雲に隠れている時は、涼しい風が汗ばむシャツをすり抜け、

とても心地よい、「あぁ高原だなぁ」と思わせてくれるのだが、

一度太陽が顔を覗かせれば、ジリジリと肌を刺し、

途端に汗が吹き出し、顔より滴り落ちる。

 

比較的なだらかで、裾のが長い山の形をしていて、

登っている背面には麓の町や、高原の畑が望めて、

標高が上がるにつれ、その展望はさらに広がっていく。

視覚的に標高が上がっていく様が感じられると、

登山って良いよねってなってくる。

実に単純なものである。

 

膝の具合を確認しながら、ペースを抑えつつ登っていくと、

第一チェックポイントの根子岳に到着。

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比較的広いスペースの山頂には、数組の登山客が休憩していた。

そこから隣に見える山が、四阿山である。

日差しは強くても、吹き抜ける風が心地よいのは、

日陰が無い山頂ではかなり救われる。

ここまでは準備運動みたいなもんで、

地図上ではここからアップダウンは辛そうで、

汗が冷える前に四阿山へ向け出発した。

 

切り立った崖を下り、根子岳四阿山の中間ぐらいから、

森林帯にはいり、登りに切り替わる。

前日夕立があったと登山者から聞いた、

その湿気と高く上った太陽のお陰で、

森の中はまるでサウナのような熱気。

すれ違う登山者が口々に「蒸し暑い」と言っていた。

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徐々に背の高い木が姿を消し、

ちょっとした開けたスペースも現れてくると、

山頂が近づいてきたことを知らせてくれる。

ほどなくして山頂に辿り着いた。

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ちょっと早めの昼食を取り、早めに下山しようと出発。

いつもならここで地図を確認するところだけど、

地図を見ることなく出発したのがまずかった。

ルートを間違え、結局45分ほどロスしてしまうことになる。

今回は体力的にも余裕があるコースだったので、

結果的には問題なかったけど、

今後の良い教訓になりました。

急がば回れって言うやつですかね。

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後半暑さからくるバテが多少あったものの、

心配していた膝の痛みもあまり出ず、

全体的に見れば良い山行になりました。

ほぼコースタイム通りで、この調子で今年の終盤も

山に登れればと思っています。

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最後に牧場の売店でまんまとソフトクリームにつられ、

クールダウンして帰路に着きました。

次はいつ、どの山へ行こうか、今から楽しみです。

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好かれる釣人

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釣人の中には、魚に好かれる人がいる。

それは釣りの腕前とはまた違い、魚に好かれ、

それによって大物と巡り合ったりする人が世の中にはいる。

もちろん、釣りが上手い人は色んなことの知に長け、

地理の利や道具の使い方などを駆使して、1尾にたどり着く。

しかし、そう言った人とは違い、なぜだか知らないけど、

いつも良い魚に巡り合う人がいる。

 

僕の友人は昔からここぞと言う時に、凄い魚と出会う。

琵琶湖に遠征に行った時も、ダム湖へ行った時も、

ショアジギング始めた時も、シーバスを初めて釣りに行った時も

驚くほどの魚と会ってしまうのである。

ビギナーズラックを思い浮かべてもらえば、解り易いかもしれない。

一応彼の名誉の為に言っておくが、決して釣りが下手なわけでない。

むしろ上手い方であると思うのだけど、

なんだか上手く伝えられないのがもどかしいのだが、

他の釣りのうまい人とは 違い、拘りの部分が大きく違う。

長年釣りをやってきて、いっぱい魚を釣る人は、

いい意味でも、悪い意味でも、ある部分で拘りがある。

例えば天候などの自然に対する知識に長けていたり、

道具に対する拘りがあったりとそれぞれあるのだけど、

そう言ったものにはあまり興味がなく、

この釣り方で釣れたら楽しいだろう、このルアーで来たら面白いだろう、

なんて釣りに対する拘りの部分が、他の釣りの上手い人とは違っている。

一番尊敬するのは、嫌みの無いところ。

外道が釣れても、川が荒れてて釣りにならなくても、

思うような魚が釣れなくても、その場を楽しむことができる。

そんなところが彼の凄いところであり、尊敬できるところである。

欲が薄く、釣りたいという欲求からの魚に対する殺気みたいなものが、

少ないところは、ビギナーズラックと似ているのかもしれない。

言うならば、永遠のビギナーズラックなのかもしれない。