たまには私生活での嫌なことやがきっかけで、
自暴自棄のような状態になったりする。
年齢のせいなのか、環境のせいなのか、
それとも自分自身のせいなのかもしれない。
そんなとき、自分の逃げ道として好きなことをやるようにしている。
しかし、嫌なことの雑念が邪魔して楽しめなくならないように、
できるだけ単純な作業のものをやる。
物事に集中できると、一時的にでも嫌なことを忘れられるのである。
根本的な解決にはならないのだけど、一時的にでも忘れられる
時間ができると気持ちの痛みも緩和される感じがする。
例えば、僕の場合だと山登りである。
黙々と山とだけ向き合い、その先での出来事を
受け止めることで、山だけと向き合え、
自分の気持ちや体調などを考える事ができる。
山で出会う人は一期一会であって、干渉するほどではない。
多くの人は共通の目的(登頂など)を持っているけど、
それが全てではなく、それぞれに楽しいと思うともろに違いがある。
これらの要素から、大勢の共通の目的を持った中にいながら、
自分を見つめられると言う行動に入り込みやすいのかもしれない。
僕の場合はほとんど単独の山行なのが、
よりその意味を強くしてるのかもしれない。
これが共通の目的と言っても、人間的な欲求が絡んでくると、
外的要因で気晴らしどころか、逆にストレスになってしまうこともある。
だから、僕にとって山と言う趣味はとても
性に合っているのかもしれない。