毎日を明日なきものとして生きる

外遊びの楽しさを探すブログ

サーフ

昨年ぶりに友人から釣りの誘いがあった。

渓は禁漁になっていたが、なんの釣りをしようなんて2人で話すのも久しぶりで、それはまたそれで楽しいものである。

この時、少し時期はずれていたものの、青物狙いに海へ行こうと相成った。

 

久しぶりに仕事終りにそのままでかけた。最近は年のせいか、徐々に無理が利かなくなってきたこともあり、寝ずに釣りに行くこともめっきり無くなってきた。少々の不安と、本音を言えば釣りには行きたいが億劫に感じる部分と複雑に入交り、一昔前では感じることのなかった感情になる。

深夜友人と落ち合うと、挨拶もそこそこに海へと出発した。考えてみると今回の目的の海に行くのは何年ぶりになるだろうと記憶を辿るが、その記憶は曖昧なまま、忘却の彼方へと誘っていく。

1時間ほど高速を走ると、やがて海が見えてくる。

サーフは朝マヅメを狙うことにして、夜半は漁港でライトな釣りで肩慣らし。先行者は数名見えたが、常夜灯の近くは空いていた。早速支度をして二手に分かれて釣りを始める。

夜の港の港の雰囲気はとても好きだ。足場の心配は他のポイントよりは良く、心配事は少し緩和される。また港内なので波も穏やかで、堤防の向こうから聞こえる波の音とのギャップがまた情緒がある。港内なのに、なにか期待感もあるのだけど、家から海までの距離を考えると他の釣りの方が優先になり、なかなか真剣に良い時間帯にできなかったのもまたこの釣りなのだ。

夜半を過ぎて徐々に気温が下がっていく。あぁこの時期寒かったよなと、ふと思い出す。ジグの重さを替えながら、乗らないアタリへと対応を試みる。点々とポイントを移動しながらのサーチは続き、不意なアタリで眠気も飛んだ。

上がって来たのはカマスだった。アジが釣りたいと思うばかり、カマスの存在が頭になかった。さっきの乗らなかったアタリはこいつのせいかと脳内で一致する。

この後、しばらくして寒さに耐えかね、一時退避と共に朝マヅメのサーフへ向かうことにした。

少しの仮眠を挟んで、肉眼で海岸線が認識できるほど、辺りは白み始めた。

そのタイミングを見計らい、支度をしてサーフに入る。

この時期まだまだ青物を狙う釣り人で賑わうサーフ。隙間にお邪魔させてもらいキャストを始める。その後、徐々に辺りが明るなり、期待感とは裏腹に無情にも時間は過ぎ、陽は高くなり寒空の元、温かい日差しで辺りは包まれていった。友人とどうしようかとかと、朝飯に買ったパンを齧りながら海岸線を走らせる。いくつかポイントの下見をしながら、夜に釣りをした漁港に戻ることにした。別に釣ることに拘らず、かと言って釣れなくても良いわけではない。

休日の漁港は家族連れで釣りを楽しむ人達で賑わっていた。ほのぼのした時間、そんな空気が辺りを包む。友人は「今度子供と釣りに来るかな」なんて言わせるほど、雰囲気の良い釣り場だったと言うことだろう。友人はサバを釣り、次回に期待を繋げた。

サーフの釣りは遠投。港の釣りは玉手箱。どちらが楽しいかなんて決めつける方が野暮である。釣れない釣りのその後は、次回の釣りを想像し、対策をするものである。その釣りの帰り道、次回の釣りを考えていた。それはいつのときも同じである。